【お祭り雑学】わたあめを発明したのは歯医者さん!日本名は「電気飴」と呼ばれていた衝撃な事実が分かった件!

イベント情報

お祭りの屋台で必ず見かける、あのフワフワのわたあめ。

実はあれ、歯医者さんが発明したと知ったとき、私はしばらく意味が分かりませんでした汗

だって、相手は砂糖の塊ですよ?

虫歯の天敵みたいな食べ物を、よりによって歯医者が?

最初は翻訳ミスだと思いました。

でも調べていくうちに、これが本当の話だと分かってきたんです。

今回はそんな、ちょっと信じがたい「わたあめの黒歴史ならぬ甘い歴史」を一緒にたどってみましょう!

わたあめを発明したのは、まさかの「歯医者さん」だった!

1897年、ナッシュビルの歯科医が特許を取っていた

わたしがこの話に最初に出会ったのは、何気なく読んで歴史のコラム。

そこには「A dentist invented cotton candy」、つまり「歯医者が綿菓子を発明した」と書かれていて、思わず二度見しました汗

調べてみると、これはガセではなくしっかり記録が残っていました。

1897年、アメリカ・テネシー州ナッシュビルにいた歯科医ウィリアム・モリソンと、菓子職人ジョン・C・ウォートンが、世界初の電動わたあめ製造機を発明したと伝えられています [ウィキペディア]。

  • 発明者①:ウィリアム・モリソン(歯科医/発明家)
  • 発明者②:ジョン・C・ウォートン(菓子職人)
  • 場所:アメリカ・テネシー州ナッシュビル
  • 年:1897年(日本では明治30年)
  • 最初の商品名:Fairy Floss(フェアリーフロス)

ポイントは、モリソンが「歯科医でありながら発明家としても活動していた人」だったこと。

砂糖を溶かして高速で回転させ、遠心力で細い糸に飛ばすという仕組みは、当時としてはかなり画期的だったと考えられます。

私だったら、こんな装置を思いつくだけで頭がパンクしそうです。

名前は「Fairy Floss(フェアリーフロス)」だった

最初から「わたあめ」や「cotton candy」と呼ばれていたわけではありません。

当時の名前はFairy Floss、日本語にすれば「妖精の綿毛」といった意味合いの名前でした 。

なぜ「フロス」なのか。

モリソンが歯科医だったため、歯の手入れに使うデンタルフロスから名付けたという説もあります。

ただしこれは断定できる話ではなく、あくまで一説という見方もあります。

自分の職業を商品名に混ぜ込むあたり、愛嬌がありますよね!

1904年セントルイス万博で大ブレイク!その売上にびっくり

1箱25セント=入場料の半分という強気の値段

2人がこの機械を世界に知らせたのが、1904年のセントルイス万国博覧会でした。

会場は約1,200エーカー、フットボール場に換算すると約1,500個分という広さ。

世界中から人が集まる巨大イベントです 。

気になる値段は1箱25セント。

当時の入場料が50セントだったそうなので、お菓子1箱が入場料の半分という強気の価格設定だったようです。

今の感覚で言えば、入場券の半額で売っている屋台スイーツ……さすがに手が出ない汗

68,655箱を売り上げたという記録

それでも、飛ぶように売れたんです。

会期中に68,655箱を販売し、売上は17,163ドル75セントに達したと伝えられています [テネシー州立博物館資料より]。

しかも、この機械が展示されたのは「電気の宮殿(Palace of Electricity)」というパビリオンでした。

綿菓子機にとって、これ以上ない舞台ですよね。

「電気の宮殿で、電気で作るお菓子」という組み合わせを知ったとき、私は日本の「電気飴」という呼び名も、案外この電動機械のインパクトと無縁ではないのかも、と考えています。

その後、この機械は各地へ売られていき、1920年代には別の歯科医が改良を試みて「cotton candy」という名が広まったという説もあります 。

歯医者→歯医者とバトンが渡っているのも、なんだか面白いですね!

日本では「電気飴」と呼ばれていた!由来には諸説あり

明治〜大正に伝わり、東は「綿飴」、西は「綿菓子」

では、日本にはいつ来たのか。

伝わったのは明治時代後半〜大正時代頃とされています [ウィキペディアより]。

持ち込まれると瞬く間に人気に火がつき、製造機は全国各地へ広まっていきました。

呼び名は地域で分かれます。

東日本では「綿飴」、西日本では「綿菓子」が多いのだとか。

私の地元では完全に「わたあめ」だったので、初めて「わたがし」という言い方を聞いたときは、同じお菓子だとなかなか信じられませんでした汗

「電気飴」の名前には3つの説が

そして、ここからが本題です。

日本では「電気飴」と呼ばれていた時期があります。

ただの俗称ではなく、画家・谷内六郎が1950年に《電気飴》という作品を描き、森茉莉の『贅沢貧乏』(1960年)にも「電気飴」という言葉が登場しているんです [綿菓子ウィキペディアより]。

ちゃんと文化として根付いていた証拠ですね。

「電気飴」と呼ばれた由来の3つの説

  1. 電気を利用して作るお菓子だから
  2. 甘さの衝撃が、電気が走るようだったから
  3. 食べたときに口の中でピリピリしたから(有力とされる)

一番有力とされているのは3つ目です。

わたあめにはカルシウムやマグネシウムなどのミネラルが含まれていて、これが唾液と反応すると、電気が流れたような刺激を感じることがあるのだそう 。

小さい頃「なんか口の中がシュワッとするな」と不思議に思っていた正体は、これだったのかもしれません。

知ってから食べると、急に味わいが深くなりますよね!

じつはもっと古い起源がある!「歯医者が発明」の正しい理解

起源は15世紀イタリアの砂糖細工

ここでひとつ、誤解をほどいておきたいです。

「モリソンがお菓子そのものを発明した」と書かれた記事も見かけますが、正確には少し違います。

砂糖を細い糸に引いて食べる技法自体は、15世紀のイタリアに記録があり、フォークで砂糖を溶かして糸状に伸ばし、飾り物などにしていたとされています。

砂糖が高価だった時代なので、口にできたのは限られた人たちだけでした。

つまりモリソンたちが生み出したのは、「誰でも一度に大量に作れる機械」なんですね。
ここを混同すると、雑学が少しズレてしまいます。

「歯医者が発明」の裏側にあった時代背景

では、なぜ歯医者だったのか。

1897年当時、砂糖がむし歯の主な原因だと広く知られていたわけではなく、歯科医の仕事も悪くなった歯を抜くのが中心だったという時代背景を指摘する見方もあります。

だから「砂糖のお菓子を作る歯医者」がいても、当時はそれほど矛盾ではなかった、という整理になるわけですね。

私はこれを読んで、昔の常識と今の常識はこんなに違うのか……と少し遠い目になりました。

今なら絶対に突っ込まれる組み合わせが、当たり前に成立していた時代。

歴史って、こういう小さなズレの中に面白さが転がっているんだなあと感じています。

まとめ:屋台でわたあめを見る目が、ちょっと変わる話

  • 1897年、歯科医モリソンと菓子職人ウォートンが電動わたあめ製造機を発明
  • 最初の名前は「Fairy Floss(フェアリーフロス)」
  • 1904年セントルイス万博で1箱25セント、68,655箱を販売
  • 日本には明治〜大正頃に伝わり、地域で呼び名が分かれた
  • 「電気飴」の由来は諸説あり、有力説は口の中のピリピリ感

個人的に一番刺さったのは、発明の裏側に「時代の常識」が隠れていたという点です。

今なら不自然に見える組み合わせも、当時の空気を知るとすっと腑に落ちる。

雑学は、そういう視点をくれるのが楽しいんだと思います。

次のお祭りでわたあめを見かけたら、ぜひ「これを作ったのは歯医者さんなんだよ」と誰かに教えてあげてください。

ちょっとした会話のネタになること、間違いなしです!

コメント

タイトルとURLをコピーしました