お祭りの屋台でおなじみのりんご飴。
赤くツヤツヤしていて、かじるとパリッと割れるあの食感がたまりませんよね。

私も小さいころ、縁日でりんご飴を買ってもらうのが一番の楽しみでした。
でも、そのルーツをたどっていくと、意外なことに日本ではなくアメリカにたどり着きます。
「え、そうなの!?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。
りんご飴は決して日本生まれの和菓子ではないんですね。
今回のお祭り雑学は、「りんご飴の発祥の地はどこ?アメリカ生まれのキャンディアップルが祭りの屋台に並ぶまで!」と題して紹介していきますね!
りんご飴の発祥の地はどこ?実はアメリカ生まれ!
りんご飴なぅ😋#船橋市民祭り pic.twitter.com/Ovog0Wotsy
— 姉御 (@rvZNHEdCKGzhW38) September 27, 2026
りんご飴のもとは「キャンディアップル」
アメリカでは、りんご飴のことをキャンディアップルと呼びます。
りんごの実に、あめがたっぷりコーティングされていて、持ち手の棒がついたお菓子です。
日本のりんご飴と、見た目はほとんど同じだと思ってもらって大丈夫です。
ちなみにイギリスなどでは、同じようなお菓子を「トフィーアップル」と呼ぶ地域もあります。
トフィーとは、バターや砂糖を煮詰めたキャラメル状のあめのこと。

アメリカの「キャンディアップル」(赤いシナモン味の硬い糖衣)とは材料と食感が異なるんですけどね。
国によって名前や材料が少しずつ違うんですね。
日本ではりんごのほかに、ぶどうやいちご、みかんをコーティングしたものも売られています。
同じ「果物にアメをかける」お菓子でも、呼び方が変わるのが面白いところです。
1908年ごろにアメリカで生まれたって本当?
よく「りんご飴は1908年にアメリカで生まれた」と紹介されます。
これは、ニュージャージー州ニューアークの菓子職人ウィリアム・W・コルブという人物が、1908年に初めて赤いりんご飴を作った、という記録にもとづくものです。
当時の地元紙の記事にも、その名前が残っているんですね。
ただ、実は1896年には、ロンドンでトフィーアップルが若者の間で流行していた、という新聞記事も残っています。
そのため、厳密な発祥は諸説あり、ひとつに断定できないというのが正直なところです。
1908年という年号は、あくまで「アメリカ発祥説の代表的な説」として覚えておくとよいと考えられます。
1908年という年号は、赤いシナモン味の「キャンディアップル」を生み出したウィリアム・W・コルブの逸話として広く知られていますが、果物に糖衣をかける菓子自体は1890年代のロンドン(トフィーアップル)など、さらに古い記録が存在している。
どうしてりんごにアメをかけたの?
ここが意外と面白いところです。
りんご飴は「食べたくて作った」わけではない、という説があるんですよ。
そのあたりを、次の見出しでくわしく見ていきましょう。
きっかけは「りんごをきれいに見せる」ことだった?
コルブの逸話として有名なのが、クリスマス向けに作っていた赤いシナモン味のあめの話です。
そのあめをどう売り込もうかと考えた彼は、りんごにからめて店のウィンドウに飾ったと言われています。
つまり、最初は「新商品の宣伝用ディスプレイ」だったというわけです。
それが評判を呼び、1個5セント(飲み物1杯分くらいの値段)で完売したという話があります。完売ってすごいですよね!
その後、りんご飴はニュージャージー州の海岸沿いやサーカス、各地の菓子店へと広がり、年に何千個も売れるようになったと伝えられています。
私はこの話を読んだとき、「見せ方ひとつで、お菓子はこんなに広まるのか!」と少し感動しました。
現代のマーケティングにも通じる、とても興味深いエピソードだと思います。
赤くツヤツヤした見た目が人気に!
りんご飴の魅力は、なんといってもあの見た目です。
光を反射してキラリと光る赤い表面は、見ているだけで「食べたい!」と思わせます。
赤い色は食紅とシナモンでつけるのが一般的です。
味だけでなく、色そのものが目を引く演出になっていたんですね。

さらに、あめは高温で煮て固い状態まで仕上げるので、噛むとパリッと割れる独特の食感が生まれます。
見た目と音、両方で楽しませてくれるお菓子だったという見方もあります。
ちなみに、湿気の多い日はあめが固まりにくいのだそう。
お菓子作りは天気にも左右されるんですね。
アメリカ生まれのりんご飴が日本のお祭りへ!
ここからは、いよいよ日本の話です。
海を渡ったりんご飴が、どうやって縁日の定番になったのか。
順番に見ていきましょう!
日本ではいつから食べられている?
日本のりんご飴が「いつ、どこから」始まったかは、実ははっきりしていません。
明治時代や大正時代、戦前の昭和には、それらしい記録がほとんど見つからないんです。
りんご飴についての資料が増え始めるのは、戦後になってからだと考えられます。
進駐軍を通じて欧米の食文化が入ってきたことが、ひとつのきっかけになったという見方もあります。

そのため、「昭和20〜30年代ごろに日本へ広まった」と紹介されることが多いようです。ただし、これも断定はできず、あくまで有力な説のひとつだと私は捉えています。
どうしてお祭りの屋台の定番になったの?
ここでポイントになるのが、砂糖の流通です。
戦中から戦後にかけての日本では、砂糖はとても貴重で、配給制で管理されていました。
りんご飴は、たっぷりの砂糖を必要とするお菓子ですからね。
砂糖が自由に使えなければ、そもそも作れません。
1952年(昭和27年)に砂糖の配給制がなくなり、1963年(昭和38年)には輸入の制限や統制も全面的に撤廃されました。

砂糖をたっぷり使うお菓子を、気兼ねなく売れる時代が来たことで、屋台にもりんご飴が並び始めたと考えられます。
赤くて目立つ見た目は、にぎやかな祭りの屋台と相性ばつぐん
こうして、りんご飴は日本の縁日に欠かせない存在になっていったのではないでしょうか。
今のりんご飴は昔とちょっと違う?
昨日やっとフルーツ飴屋に出逢えて、初あんず飴を食べれた😋
— シホップ (@Y_Shihoppu44) August 28, 2017
駄菓子の酢漬け杏に水飴なんだ❗️ウメー‼️ pic.twitter.com/BXxFe3Sb90
ここ数年で、りんご飴のイメージは大きく変わりました。
「屋台のお菓子」から「専門店のスイーツ」へ、その立ち位置が動いているように感じます。
大きなりんごを使った「映える」りんご飴も登場
話題のリンゴ飴専門店『キャンディーアップル』が名駅・JR名古屋タカシマヤに2月15日(火)まで出店中!
— 名古屋グルメ探偵 アスカイ (@gourmet_nagoya) February 10, 2022
ブランド林檎で作り上げる多彩なフレーバーの違いも楽しいジューシーなスイーツ
「恋はつづくよどこまでも」「嵐にしやがれ」「いただきハイジャンプ」など人気テレビ番組にも登場しています! pic.twitter.com/9bSdrkouq2
最近は、りんご飴の専門店が増えているのをご存じですか?
代官山発の専門店などが話題になり、SNSでも写真がよく上がっています。
特徴は、なんといっても使うりんごの大きさです。
普通のりんご飴よりひとまわり大きいものや、品種にこだわったものも登場しています。

「映える」=写真に撮りたくなる見た目が、若い世代に支持されているんですね。私も写真で見たとき、「これ、本当にりんご飴?」と二度見してしまいました。
カットりんご飴やいろいろな味も人気!
”28cmのフルーツ飴”大阪・道頓堀にくいだおれ太郎フルーツパーラー「たろうず パーラー」が登場 – https://t.co/1LCnEd5UxJ pic.twitter.com/x9GnOtXwsL
— Fashion Press (@fashionpressnet) April 21, 2017
さらに、食べやすさを重視したタイプも増えました。
- 丸ごとではなく、カットしたりんごを使ったもの
- いちごやぶどう、みかんなど、りんご以外の果物
- キャラメル味やチョコレートがけのアレンジ
こんなふうに、選択肢がぐっと広がっています。
持ち歩きやすく、食べ歩きしやすいのも人気の理由と考えられます。
一方で、伝統的なスタイルを守り続けるお店もきちんと残っています。
古い形と新しい形、どちらも楽しめるのが今のりんご飴の魅力なのだと思います。
まとめ:【お祭り雑学】りんご飴の発祥の地はどこ?アメリカ生まれのキャンディアップルが祭りの屋台に並ぶまで!
りんご飴のことを調べてみると、「知っているようで知らなかった」ことばかりでした。
最後に、ポイントをまとめておきます。
- りんご飴のルーツはアメリカの「キャンディアップル」
- 1908年ごろに誕生したとされている
- 日本ではお祭りの屋台でおなじみのお菓子になった
- 今では見た目や味も進化している
ただし、イギリスにも古い記録があることや、日本への伝来時期がはっきりしないことなど、謎も残っています。
だからこそ、屋台でりんご飴を見かけたら、ちょっとだけ歴史に思いをはせてみてください。
きっと、いつもより味わい深く感じられるはずです!

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